LifeStory

岩井良明 | 教育業界の革新者

岩井良明 | 教育業界の革新者

   教育業界の革新者

「先生はな、小説家になりたかったんだ」

生徒たちは、鉛筆を走らせる手を止めた。
みんな、ロボットのように同じタイミングで顔を上げる。

「今度はどんなエピソードが出てくるのだろう」と心待ちにしている目を俺に向けた。
「小説家って先生って呼ばれてるよね。でも今も先生だから似てるね」

面白いところを突いてくる。確かにそうかもしれない。
無垢な心を持つ少年少女たち。彼らはどんな大人になるだろう。

「実は、みんなに伝えないといけないことがあるんだ」

刹那、生徒たちの笑顔が消えた。どよめきからの沈黙。

「俺は、塾の先生を辞めることにした。こんな中途半端な時期に申し訳ない。だけど、許してほしい」

悲鳴が上がった。なんで、なんで、なんで、そんな声が教室に響いた。
中学、高校受験を控えた子供たち。夏休みを終えた九月のこのタイミングは酷なことかもしれない。
それでも、辞めざるを得ない。

「俺は勉強だけを教える講師を務めたつもりはない。これまでいろんな人生経験をしてきて、多くのことを学んだし、たくさん苦労した。勉強だけが全てじゃないことを、今、まだここにいられる立場の中で言いたい」

一気にそう言うと、子供たちの眼差しは鋭くなった。

「先生はな、小説家になりたかったんだ」

さっきと同じフレーズで話し始めても、茶化す子は誰一人としていなかった。

幼い頃は神童扱いをされてきた、IQ160越えの少年だった。
そのせいか、妙に達観しており、なぜ人間は生まれて死ぬのかという哲学的なことを考える機会が多かった。
人は必ず死ぬ。それならばなぜ毎日を生きるのかと。みんな人生は違えど、同じ結末を迎えるのに。

その中でも森鴎外や夏目漱石のようにこの世に生きた証、功績を残している人も数多くいる事実を知った。
漠然とそういう風になりたいなと思うようになった。
学年が上がるにつれて、学級委員長、生徒会長に任命されていく。
高校のときは英語の劇にハマり、脚本を自ら手がけては主役も務めた。

自然と、人前に立つ喜び、楽しさ、快感を覚え始めていく。

同時に、一人黙々と家にこもって小説を書く行為が苦しくなっていった。
表舞台に立つ自分と、そうでない自分とのギャップに気持ちが少しずつ薄れていった。
空想を描くよりも、注目を浴びるような存在でありたい。
考えれば考えるほど筆は進まず、情熱は注げなかった。
俺に文学的な、芸術的な才能はないことに気づかされた。

大学に進学してからは、好きだった演劇をやろうとしていた。
主役の座を手にして、輝きたい。そんな欲求を満たそうとしたが、入学してからすぐに応援団の先輩二人から声をかけられた。

身長も高く、体格もでかい。逆らえば大学四年間、肩身のせまい日々を送る羽目になる。
無理やり連れて行かれた飲み屋では、シャワーを浴びるごとく飲まされた。
開始一時間くらいで、泥酔状態に陥っていた。

応援団の魅力を散々聞かされている最中、突然、先輩の一人がカッターを取り出して、俺の指を切った。

「何するんや!」

予想だにしない行動をとられ、瞬間理性を取り戻す。
それでも、呂律は回っていない。大量のアルコール摂取により、親指からは溢れ出る血。

急な流血に驚き、酔いにやられ、倒れそうになったところ、腕を鷲掴みされた。
今度は何をされるのか。薄れゆく意識の中、先輩を見るも、反抗する力はない。
強制的に入部届けに拇印を押された。朱肉代わりに俺の血を使って。
そんな馬鹿な話があってたまるか。

心の中では訴えつつも、そのまま眠りに落ちた。
最悪の大学生生活を送ることになった。

普通、勝利というゴールがあって野球部やラクビー部は、練習を重ねるはず。
応援団は、そういった明確な目標がない。それを問うと、

「男になることや」

と、言われる始末。
腕立て、腹筋、うさぎ跳びを毎日千回。竹刀で叩かれながら、涙と鼻水を垂れ流しにする。

大の男が大泣きして、答えのない概念的なものに向けてトレーニングする様は、同じ経験をした人にしかわからない。

しかし、何回も何十回も繰り返していくうちに、これまで味わったことのない達成感を、確かに覚えていった。
男は筋を通し、突っ張り、正直に生きて、女を守る。文字通り叩き込まれ、教わってきた。

比較できない充実感、やりきった感覚を学べる応援団はいつの間にか俺を虜にしていった。
4年生になり、小中学校のときのように他薦で100人以上を束ねる応援団の団長を務めることになった。

そんな俺は、また別の顔を持ち合わせていた。
社交飲食業界のとある店舗のチーフというポジションを築いていた。
そこで夜の世界で働く女性たちと関わるようになる。
一人ひとり、様々な背景があって仕事をしているその生き様や生い立ちが、下手な小説よりも読み応え、いや聞き応えのある物語ばかり。
仕事としてはもちろんのこと、そんな彼女たちと交流する楽しみを覚えていく。

ろくな勉強もせず、応援団とナイトワークに時間を費やしていく。
小学校以外は全て私立の学校に通わせてもらった。それにもかかわらず、両親からの期待を裏切っている。

団長になって2ヶ月目。応援団の2年生が起こした不祥事が全国紙に載ってしまい、世間の大きな話題をさらった。

突き詰めると、団員の自作自演だったが、とり返しのつかない行為。活動停止になり、署名運動やゴミ拾いなどをしてイメージを変えるために2年間努めた。それでもその期間、学校側は我々の声に耳を傾けようともしなかった。

就職もせず、大学6年生になり、ようやく許されるようになった頃。これまでの鬱憤を学長にぶつけた。
大きな組織になればなるほど、体裁を整えることだけに必死で、俺たちの活動を排除しようとする。
酷く、醜い大人たちに嫌気がさし、大卒という肩書きを捨てた。

夜の仕事を続けていたものの、これ以上長くいたら、それこそ本当の親不孝ものになってしまう。24年間、ここまで生かしてくれた。中退してしまったものの、今からでも取り戻せることはあるだろうと思い、真っ当に働くようにした。

しかし、高卒で雇ってくれるところはあるのだろうか。
どこへ行っても門前払いのような気がして、腰は重かったが、面接官の誰もが「応援団」という経歴に興味を持ち、必ずそこでの活動を問われた。

その甲斐あって、何社も内定をもらったが、縁あってリクルートへの採用が決まった。
リクルートならではの儀式のような、スパルタ指導を入社当日にされて以来、買われた応援団での経験、培った忍耐力、負けず嫌い根性が功を奏し、何千人もの営業マンのトップへと躍り出た。

「なんでこないなことやっとるん?」

ある日、夜の世界で知り合った女性と意気投合し、半同棲のような暮らしをしていた。
一緒に住んでいても変わらない生活を送る彼女に、嫉妬心なく純粋な気持ちで訊いてみた。

「借金があるん。親の」

彼女の実家は1000万円ほどの負債を抱えていることがわかった。優しくて、とてもいい子の闇が垣間見えた。
身売りして、それで得たお金のほとんどを実家に送っている。そんな事実を涙ながらに語った。

聞かされた俺は、大学在学中、裏の顔で稼いだ1300万円の貯蓄から1000万円を用意した。
両親に会いに行き、直接渡したが、二人は混乱する。
結婚もしてない、半同棲しているだけの人間がする行いではないことくらいわかっていた。それが、ただの恋人関係ならば。

だが、俺は結婚がしたかった。
彼女を愛していた。

それ以来、彼女は業界から足を洗った。
しかし、俺たちの関係性も終わった。

莫大なお金が絡んでしまったことで、身体的、精神的に不一致が両者で生じてしまい、距離が離れていき、ある日彼女は忽然と姿を消した。

それでも、後悔はなかった。

一年が経ったある日、友人と夜のお店へ行くと、たまたま初出勤だという彼女が目の前に現れた。
突然いなくなってから、その日まで連絡も、会うこともないのに、またお店で出くわした。

「おまえ、なにやってんねん!」

事情を問い詰めたら、まだ実家には300万円の借金。
両親からも隠されていた真実に、抗う術はなく、働ける選択肢がなかった。
俺は、またお金を渡した。残っていた300万円をそのまま全て。

結婚したい気持ちはすでに失われていた。
何も求めない、見返りもいらない。
だからもう、こんな仕事は辞めてくれ。

──そう願いながら。

そんな状況が続くと、仕事にも身が入らなくなり、上司とのトラブルも絶えなくなっていく。
大学を中退したときのように、これまで溜まっていた鬱憤が爆発し、飛び出して、辞めた。
その頃には、彼女が再び俺の元から離れ、消えた。

これでいいんだ、これで、もうあいつは救われる。

寂しくなった部屋を見渡すと、俺自身も小説のような、数奇な人生を歩んでいる主人公のようになっていたのかもしれないと思え、せせら笑った。

頭を切り替え、次の仕事を探していると、たまたま見つけた塾講師の案内。
一ヶ月でまとまったお金が欲しく、比較的給料の高い仕事を探していたため、好都合だった。

日銭を稼ぎながらなんとか貯金を増やしていき、一年が経ったある日、彼女のことをふと思い出した。

なんの前触れもなく、唐突に。まるで虫の知らせだ。
姿をくらませてから、音沙汰がなく、彼女の実家へ電話した。
聞き覚えのない人間の声が受話器の先から聞こえた。

「どちらさまですか」

本人ではない。母親。いや、違う。両親の声も知っている。だとしたら一体誰だ。急な不安が襲う。

「すみません、今立て込んでいまして。申し訳ありません」

一方的に切られる電話。悪い予感がして、彼女の元へ急いだ。
昼間だというのに、その太陽の日差しを全て吸収するかのような漆黒の服をまとった人たちが、ぞろぞろと集まっていた。

その光景を見た瞬間崩れ落ちた。
彼女は、自らの命を絶っていた。
女一人、守れなかった。あんなに身近にいたのに、救えなかった。

悔しくて悔しくてたまらなかった。
どうしようもない、拭えない気持ちに、自分に怒りすら覚えた。拳を何度も何度も地面に叩きつけた。

そうしたところで帰ってこないとわかっているのに。
手の痛みは感じられなかった。
応援団で学んだ、女を守るという役割を果たせなかった。
自分が変わらなければ、きっとまた同じことを繰り返す。

そう考えるようになって、2年間夜の世界を断ち、がむしゃらに塾講師として働いた。

しかし、塾長は金の亡者であり、人として最低の人間だった。一緒に未来を築けないと悟った。
男は筋を通し、突っ張り、正直に生きて、女を守る。

応援団で培った思いは決して薄れない。

生徒たちには申し訳ない気持ちになりながらも、受験生にとっては酷な時期かもしれないけど、塾長への怒りは抑えられない。
我慢や受容ができない俺の選択肢は一つだけ。

「だから、俺は辞めるんだ」

子供たちに頭を下げた。

少し前までは、一流の大学へ行けば終身雇用制度のおかげで一生安泰だった。
しかし、大手企業が潰れることも起き始めた昨今、安心できる未来はなくなった。知識だけ叩き込まれていた教育では、社会に揉まれたときに生きていけない。

若者が、世界を変える使命を担っている。

協調性を持ったリーダーシップという能力がこれからの日本では特に必要なのだ。
それを俺たち大人は教えていかなければならない。
机に座ったまま何時間過ごすよりも、良いことも悪いことも経験していったほうが強い人間になれる。

自分のために勉強をすれば大丈夫、という現実は終わった。
これからは、社会貢献のために学びなさい。
それを教え説いていく。

なんのためにという目的をしっかりと、腑に落ちることができれば自然と成績も伸びていく。
後ろ指を指されながら退職し、挑発的にすぐ近くで塾を開業させた。

中途半端な時期に辞めたことで、親が抗議のためにオープン日に合わせて長蛇の列を成していた。
ただ、その手には申込書を持って。

「先生がいなくなるのが嫌だから、塾を変えて変えてって子供たちがうるさいんです。責任とってください」

唖然とした。

たった1日で300人近い生徒の申し込み。
前の職場の生徒は約500人。半分以上引き連れてくる形となった。

それから月日が経ち、教え子は志を持つ青年になっていた。
親は親、子は子。と自覚し、自立した。時折、今でも顔をあわせる。

そんな彼らを見ると、わずかながらも社会に貢献できたのかもしれない。

次第に、塾講師というプレイヤーとしてではなく、違うアプローチで世の教育、世の子供たち、その子供たちに関わるあらゆる人の志を変えていきたいと思えた。

教壇に立ちたい人は立てば良い。しかし、現場で制約されることは多い。

それならば、学校全体の考え方、取り組み方が変われるような体制を作ることができれば、志のある生徒、子供たちは増えていくはず。

そう願い、塾とは別に教育専門の広告代理店をスタートさせ、独自メディアを介してイベントを展開している。

閉鎖的な教育業界に、風穴を空ける制度が少しずつ整ってきた。
同業者という視点を持ちながらも、最新の教育情報を網羅して、子供、先生、そして親たちが抱える課題を解決できるようになっている。

今の教育制度では変えられない日本を、変えていく。
かつてリクルートという言葉は馴染みがなかった。
しかし、今となっては誰もが知るワードになった。

モノリス。

歴史に名を刻むには、まだ時間がかかる。
だから、もっと駆け出したい。
時代を育て、やがて知られていく存在になるために。

あとがき:

開いた口が塞がらない。と、文字通りの態度を示したのは多分初体験だ。
取材の中で、書きたくても書けない話が多すぎて、何を表現するかを悩んだのも初めてだった。
知らない時代だからこそ、刺激的な話ばかりで、インタビューとは別の形でもっと話を伺ってみたいと、心から思えた。

「事実は小説よりも奇なり」という言葉が存在するが、まさに岩井さんのことを指すのだろう。
後にも先にもあんな形で人を亡くしたことはない、と。
男は筋を通し、突っ張り、正直に生きて、女を守る。

口にすることは容易いが、それを体現するためにはそれ相応の覚悟が必要だ。
あらゆる経験をしている岩井さんだからこそ伝えられる、伝承できる教育がある。
もし、こんな素敵な先生が、私が以前通っていた塾の講師だったら、と考える。

テレビでしか見なかった「金八先生」がここにいた。
いつか私に子供ができたとき、岩井さんが生みだした塾に入れたいと願った。
きっと、足取り軽やかに通えるだろうなと思いながら。

         ライフストーリー作家 築地 隆佑

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